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福井家庭裁判所大野支部 平成元年(家)50号 審判

申立人 矢野豊

事件本人 田村礼子

主文

事件本人を禁治産者とする。

事件本人の後見人として申立人を選任する。

理由

1  禁治産宣告の申立について

鑑定人○○作成の鑑定書によれば、事件本人は、昭和60年9月21日自宅で昏睡状態に陥り、○○病院に救急搬入され、極めて重篤な容体であったところ、諸検査の結果脳動静脈奇形破裂による右大脳半球の巨大脳内出血と診断され、緊急手術及びその後の各種集中治療により一命はとりとめたものの、意識状態は長期にわたって回復せず、昭和62年7月14日の退院時はもとより、現在も基本的には同様のいわゆる植物人間の状態にあり、外界との疎通性はないに等しく、知的諸能力も全く喪失した状態にあること、発病後の経過及び各種検査所見(脳全体の著しい萎縮、脳波の異常)などから見て、将来事件本人の現状態が本質的に有意な改善を示す可能性はないことが認められ、右事実によれば、事件本人は心神喪失の常況にあることが明らかというべきであり、本件禁治産宣告の申立は理由がある。

2  後見人選任の申立について

本申立の趣旨は、事件本人の後見人として申立人を選任する、との審判を求めるというものである。

ところで、事件本人には夫田村憲夫がいるので、後見人としての欠格事由に該当しない限り、同人が法律上当然に事件本人の後見人の地位に就くべきことになる(民法840条)。

しかしながら、家庭裁判所調査官○○作成の調査報告書及び田村憲夫に対する審問の結果などによれば、事件本人は、手厚い全面介護を要する状態であるが、前記の退院後は申立人方に引き取られて夫憲夫と別居生活を送り、以来、短期間再入院した時期を除いてその両親である申立人夫婦において事件本人の療養看護等にあたっており、その間事件本人と右憲夫との接触、交渉は少なく、右両親は、今後も事件本人を手元に置いてその介護を尽くしたいとの強い願望を有していること、他方、右憲夫は、事件本人のための医療費は支払ってきたものの、多忙や二人の子供を養育しなければならないこと等を理由に、それ以上に事件本人を引き取ってその面倒をみることまでについては積極的な姿勢を見せたことはなく、今後もその意思はないばかりか、事件本人が発病して1年後位にすでに事件本人との離婚を口にするようになり、現在、離婚の意思を固め、事件本人名義で受領した保険金や退職金等の管理をめぐって生じている申立人との紛争を解決した上で早期に離婚訴訟を提起したい旨を表明しており、後見人就任についてもこれを拒否する意向であること、以上の事実が認められる。

右事実によれば、事件本人と田村憲夫との婚姻関係は、事件本人の発病後間もなくその実体を欠くに至って破綻していることが明らかである。そして、早期に離婚訴訟を提起し(なお、前記の事件本人の病状からして事件本人が一時的にも意思能力を回復する事態は考え難く、事実上離婚訴訟によるしか離婚の方法はないものと認められる。)、自ら配偶者の地位を放棄しようとしている右憲夫に対し、事件本人の身上監護及び財産管理等につき後見人としての適正な事務処理を期待することには無理があり、事件本人の保護にとって妥当ではないこと、また、そもそも本件では、夫婦相互が負う同居協力扶助義務や夫婦間の相愛の情等を根拠とする配偶者後見制度の実質的基盤が失われていると見られること、このような場合にも民法の規定に形式的に従っていったん配偶者を後見人とした上、その辞任(民法844条)及び新たな後見人選任の申立を待って、他の適任者を後見人として選任することや後見人解任制度(民法845条)を活用することによって不都合を解消することが考えられるが、禁治産者の保護という観点からすると、う遠な方法であるといわなければならないことの諸点からすると、本件の如き事案では、民法840条の規定適用の例外として、禁治産宣告と同時に配偶者以外の適任者を後見人に選任することが許されると解すべきである。

そして、前記認定の事実によれば、事件本人の実父である申立人が事件本人の後見人として適任ということができる。

3  よって、本件各申立は、いずれも理由があるものと認め、主文のとおり審判する。

(家事審判官 林正彦)

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